はっちのバーカブログ

日常に体験したネタ話、日常にふと感じた事。毎日見る夢の話。そしてトレンドにバーカと一喝します。

はっちの日常

【遺書】女性なんてクソだ


スポンサーリンク

 

さて先日、とあることでサヨナラされました。

 

ブログに書く意図はないんだが、いつかこんなことがあったんだっていう事実を記憶するため。

 

僕って記憶力が弱いから書き留めないと「この気持ちを忘れてしまうから」です。

 

スポンサーリンク

 

長文になると自分自身に誤解がうまれたりするので簡潔に書き留めます。

 

タイトル「女性なんてクソ」っていう事。

 

そう、僕はずっと若いときからそんな気持ちで生活してた時期がありました。

 

あくまで時期。もちろん純粋な恋愛もして女性の酸いも甘いも知ってました。

 

とある時期に、いやとある時期から女性なんてクソだわって思えてきて、そんな風に生きてきた20代。もちろんその間も恋愛はしてきたつもり。それもそんな恋愛経験も数でいえば多いほうだと思う。遊んでたわけじゃない、結果遊んでたのかもしれないが気持ちとしては遊ばれてたって被害者ズラ。

 

好きではあったけれど、心のどこかで「どうせ・・・」とか「いつか別れるんだし」とか思ってたり。

 

今思えば相手にたいして真剣に向き合ってなかった事実。失礼な奴、薄情な奴、恋愛する資格がない奴、ひどい奴、そんな男だったと思う。

 

その間もメディアとか周りの友達にしても「別れた、浮気、不倫、離婚」など聞き込み(おそらく根本がどうせって心境だった)からそんなマイナスの言葉をスポンジのごとく吸い込んで生活してたもんで女性なんてクソだ!っていう考え方が固まってしまったんだと思う。

 

そう、女性なんてクソなんだ

 

そう生きてきて結婚なんてしないし、これからもう二度と真剣に初恋のように、心のそこから恋愛することなんてもうないんだろうなって勝手に決めつけて生きてきました。

 

出会いはふと唐突に2016年かな。とある女性に出会ったわけ。

 

女性なんてクソという根底のなか初めて彼女を見たときに思ったことは

 

こんな綺麗な女性がいるんか!っていう外見とどんな女性なんだ?という興味から始まった。

 

女性なんてクソだ!ってあった気持ちが嘘みたいに、魅かれていった。

 

松田聖子じゃないけど初めてみたとき「ビビビ」って来た気がした。

 

という出会いがあり、昨日まで、もちろん2018年はずっと休みも遊んで色んなところへいって思い出も腐るほど出来て本当に楽しかった。いろんなことあって、傷つけ笑い泣いて、いろんな感情があって本当に人間らしいなって思えた日々が続いた。

 

これからもよろしく!2019年も頑張っていこうぜ!

 

っていう矢先先日、サヨナラと――

 

そう僕が悪いことをしてしまった。彼女の性格とか知ってる上で試すようなやり方してしまった僕が悪い。

 

もちろんこのブログの存在しってるから読んでくれてるか分からないけど、これ読んだうえでまた傷つけるかもしれないし、言葉はときに繊細で、1つの言葉が刃にもなりかねない。

 

本当に伝えたいことを伝えるのは困難だ。

 

おそらくこれだけじゃないんだろうけど先日あった僕がやってしまったことはSNSをブロックしてしまったこと―

 

TwitterとかInstagramをお互いがやってたのは知ってた。けれどフォローなどしてない。いつだったか僕のSNSを実は見てるって話を聞いたことがあった。

 

でもそんな話したことないし、見るのならフォローしてくれたいいのにとか、なんで見てるんやろ、特別なこと書いてないし、へんなことしか書いてないのに。

 

ただ今回の件に関して発展してしてしまったのはブログとかTwitterに書くわけやん。

 

ここへ行った、こんなことした、とかブログだってここへ行ったとか。もちろん嘘は書かないけど誇張したりもする。それについて前に言われたときにちょっと「こういうときのためにSNSをチェックされてたんかな」って疑心暗鬼になった。

 

ツイッターに変なことかくな!w

 

あんなこと言った?w

 

とか普段から会話をしておくべきだった。へんに壁作って、あえて何も言わず触れず遠回りしながらSNSに触れてたことを後悔。

 

別にばれないように愚痴を言ってたつもりもないし、アカウントあるのは知ってるから「見られてる可能性」も頭にはあったし、特別に意味があるように使用してたわけじゃないのよね。

 

ただいつ、どれくらいの頻度で本当に僕のツイッターとかインスタ(更新なんてほとんどしてないけど)見てるの?ってちょっと興味がわいてしまった。興味じゃないな。なんだろ。

 

なんで僕のツイッターをフォローもしてないのに見てるの?って。嫌悪じゃなくてなんで?という理由。

 

たまたま見たときに「私のこと書いてた」ってなったのなら笑い話なり、もし内容に嫌味があったのなら(僕は心のそこから嫌味なんてないし、むしろ感謝というか大切な人だし大事な女性だから)そのときに話すればよかった。

 

それを遠回しに性格は知ってたからブロックしてみよって思って仮にブロックした。これがダメだった。

 

見てないのならたいしたことじゃないし、直接連絡取れるんだから「ブロックすんな!みれへんやないか」で済む話だ。ただそれはあくまで僕が思ったこと。彼女からしたらブロックされることの意味が違ったはず。

 

思ったとおり反応があった。もういい、連絡やめよ、いままでありがとうって―唐突なことだった。

 

僕はすぐに悟った。ブロックしたことも。

 

どうした?と僕は聞く。案の定、ツイッターブロックしてること知ってるよと。

 

ただ僕はブロックしたのは本当にそのときだけ。やっぱり頻繁にツイッター見てくれてたのか?と思う。なんのために。ここでまた性格が悪い僕の性質がでる。

 

前にもあったように自分のこと書かれてないかチェックされてたんかな?って。

 

やっぱり見てたんだって。それなら話してくれたらいいやん!って思った。フォローしてくれたらよかったやん。と

 

でもそれを言っても何もブロックすることない!と。そう僕が悪い。彼女を試したやり方、ブロックされたときの気持ち。そんなことさえ分かってなかったみたいだ。

 

連絡がとれるならこんなブログ書くことでさえ「陰湿だ!」ってなるかもだけど、今日この日にこんなことがあったこと。大切な人を傷つけた事実。たとえそれが個人的に客観的にみて「大袈裟じゃない?」「ブロックしたくらいで」とかなるかもだけどそれは違うんよね。

 

大事なのは本人がどう感じてどう思ったか、だと思う。

 

こんなことは今回だけじゃない。さんざん知ってきたくせに性格も知ってきたつもりなのに、毎回いつもこんなことになってはの繰り返しだった。1つ理解して2つ傷つけて。

 

もちろん、もうツイッターもブロックしてないし、またもとにもどったけれど、もう連絡はないはず。今までのかけがえのない思い出や記憶も夢のように儚く散った。

 

女性なんてクソだ!って思ってた僕を心のそこから変えてくれた女性だった。

 

今でもふとしたときに思いだすんよね。

 

僕がいつもの癖でなんかアカンことしてしまいそうになったときに

 

「お前さ・・・」って叱ってくれる声と表情。

 

成長っていったら綺麗ごとだけど、ダメだと分かっててそのままやり過ごしてた僕の人生に叱咤してくれた人。

 

アカンことに手を伸ばすことも今でも多々あるけれど、そこで今でもブレーキかかるのも彼女のおかげだった。

 

いつか絶対守ろう、絶対守ってやるって思ってた人をさんざん傷つけた僕はなんだったんだろうってなってる。

 

という意味を込めて今回「遺書」ってタイトルで書き込めておきます。

 

END

スポンサーリンク

-はっちの日常

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。